Monthly ESSAYS

『本のある時間』は、さまざまなジャンルの本との出会いを通して、本を読むことの楽しさ、大切さ、手に取ることの喜びを共有するネット広場です。
このコーナーでは当サイトの編集委員が、その専門の視点を踏まえた本にまつわるコラムを掲載しています。
皆様の本との新たな出会いに繋がれば幸いです。

こんな昔の本ご存じですか

10/02/01 UP!

本が生まれて2000年以上経過しました。その間にさまざまな形の本が生まれました。そこで私のエッセイでは、現在あまり書店で見かけなくなった西洋の本を、できるだけ写真入りでご紹介したいと思います。書物史の素敵な世界に皆さんをご案内いたしましょう。

第4回 これでも下手装本?

昨今の書店や図書館で手にする本は、たいてい紙かクロス(布)装です。読書という実用には軽くて便利ですね。もっとも19世紀以前や豪華本の場合には、革の製本も珍しくありません。

画像1

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紙、布、革以外の材料で製本されたものは下手装本(げてそうぼん)と呼ぶことはご存じですか。私がこれを知ったのは学生時代、斎藤昌三や庄司浅水の著作の中でした。庄司氏は寿岳文章(書誌学者)、八木佐吉(丸善本の図書館館長)、反町茂雄(古書業者)らと同じく、戦前戦後の古書の世界に長く活躍した人物で、多くの著作を世に送りました。

金属、宝石、陶器、動物や植物の皮、象牙、海亀の甲羅など、いささか常識はずれの材料を用いた製本は、下手装本として分類されます。しかし寡聞にしてこれに当たる英語は知りません。

わが国の下手装本の例としては、三島由紀夫著『黒蜥蜴』初版の著者署名入りの350部限定版の表紙中央に、本物の黒蜥蜴の皮を貼りこんだものがあります(画像1)。また、ぎょっとさせられる例として庄司氏が紹介していたのは、昔ヨーロッパのさる貴族が、愛する女性の死後、思い余ってその背中の皮膚を製本材料としたという話です。これはかなり怖い話で、わが国で実行するのは法律上無理でしょう。でもあるらしいですね。

画像2

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さて、画像2は、真珠の母貝を背景に、銀でアールヌーヴォー調のデザインをあしらった32折本です。10×7cmでいわばミニチュア本に近いサイズといえます。中身は英国国教会で用いる祈祷書で、教会でのミサや個人的な祈りに用いられました。下手装本とは呼べないほど優雅さが漂う製本です。

この手の小型祈祷書は、教会に通うヴィクトリア朝のご婦人のためにさまざまな見栄えのよい形で作られました。表表紙の銀細工中央には ‘M・S JANy 25 1881’と刻まれています。この日に、ある紳士(多くの場合婚約者)がM.S.という若いレディに贈ったものでしょう。小型の祈祷書には、大事な人に贈った形跡が残るものが数多くあります。これは宗教心と愛が結びついた逸品といえましょう。

画像3

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画像3は、表と裏表紙だけでなく背表紙までも琥珀色に輝く海亀の甲羅で製本したサー・ウォルター・スコットの詩集(1906年刊)です。18×13cmという持ちやすいサイズです。海亀の甲羅は、現在ではワシントン条約で捕獲や売買が禁止されたものでしょう。見返しには ‘Will with love from Edie, Christmas 1908’と書き込まれており、女性から男性へのクリスマス・ギフトだったことがわかります。

最近では男女が互いに本を贈りあうという習慣は、見られなくなりました。バレンタイン・デーにはチョコレートだし、サン・ジョルジュの日(4月23日)に愛する男女が本を贈るという地中海諸国でのよき風習が、書店の販売促進にだけ用いられているのは残念なことです。皆さんも、素敵な本を見つけて、大事な人に献辞を添えて贈ってみてはいかがですか。

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