Monthly ESSAYS

『本のある時間』は、さまざまなジャンルの本との出会いを通して、本を読むことの楽しさ、大切さ、手に取ることの喜びを共有するネット広場です。
このコーナーでは当サイトの編集委員が、その専門の視点を踏まえた本にまつわるコラムを掲載しています。
皆様の本との新たな出会いに繋がれば幸いです。

本の三角食べ

長沖 竜二
PROFILE
THIS MONTH
Vol.26

サンプルとリスト

BACKNUMBER
Vol.25

次の一皿

Vol.24

盛りつけ

Vol.23

舌が肥える

Vol.22

できあい

Vol.21

過多

  • Vol.20

    ヴィンテージもの

  • Vol.19

    賞味期限

  • Vol.18

    売れ残り?

  • Vol.17

    おとなの味?

  • Vol.16

    健康食品おたく?

  • Vol.15

    迷う時間

  • Vol.14

    盗み食い?

  • Vol.13

    空いている食堂

  • Vol.12

    タダ食い?

  • Vol.11

    新しい味を発見すること

  • Vol10

    産地表示

  • Vol9

    どこにでもありそうな、ごく普通の…

  • Vol8

    こっそりっぽく食べる

  • Vol7

    探せない、つなげない

  • Vol6

    楽して多く摂る

  • Vol5

    摂る方と出す方

  • Vol4

    本で材料さがし

  • Vol3

    本の食い溜め

  • Vol2

    本のビュッフェスタイル

  • Vol1

    好き嫌いなく本を読まなければいけない?

11/12/23 UP!

第二十六回 サンプルとリスト

いい感じのサンプル出し

 最近、私の古巣である年版用語事典の、とあるジャンル30年分・のべ1万語から「なるほど興味深いデータベースだな。まさに言葉の歴史だな。」と思われるようなサンプル項目をリストにする、ということをしました(半ば仕事で)。といっても〈ナウい〉とか〈めちゃんこ〉とか〈…ってゆうか〉といった俗語の類です。
 こういうサンプルは用語集の頭からいくつか並べてもダメで、かなり凝らねばならない。

 そうです。始めから終わりまで息も切らさぬエンタテインメントと違って、辞書は部分々々で面白さにムラがあるのです。読んで面白い辞書としてつとに有名な『新明解国語辞典』(三省堂)でも、ヒットと呼べる項目の打率はそう高くない。

 編集する側の視点で言いますと、1000項目を超えるようなものを全項全力でつくっていたら、いつになっても完成しませんし、そういう辞事典は、濃厚すぎて多分読者もついてこれません。

 用語の編集部時代にお世話になった堀内克明先生(英語学、とりわけ俗語にこの人ありと言われた方)から教わった要諦は、

  • 各ページの中に誰でも知っているような言葉をあえて入れる。
  • 各ページの中に誰も知らないような、まず引かれないような言葉をあえて入れる。
  • その配合がノウハウだ。

ということ。組版としては連続流し込み的であるのに「ページの中のさじ加減」に気を配るのがプロだなぁ、と若き日に感じ入った記憶があります。

 なるほど、辞書の項目編成というものは、野球の打順編成、投手のローテーション編成のような作業で、緩急が肝要です。「強いものから集めてみました」「目立つものから並べてみました」「みんなの欲しがるものを集めてみました」では、長持ちはしないし、味のあるものにはならない。

 そしてそういう辞書・事典・DBから抽出するリストについても然りで、加減がなくてはなりません。

リスティング、、、暗くないか

 さて話が変わりますが、小学生中学年から高校卒業のあたりまで、私は、平凡社の大百科(紙版で二十数冊あった)を枕として使ったりしていました ── わっ、キモイ。枕が堅いと惰眠がきかないので、「本当は寝ている場合じゃないときの短時間睡眠」用に向いているからです ── うっ、キモイ。それが勉強家だとか、偉いだとかいう、自慢をしようというのではなくて、それから先が、いま思い出しても情けないくらいに〈根暗〉なのです。

 まず、亡祖父の本棚からランダムに1冊取ってきてひと寝。起きたらおもむろに、パラパラとめくりながら「占い」をするのです。順々に項目をおってゆき、何か自分の琴線にふれる項目がみつかったら、それが「明日の自分だ」というように。あるいは「この5項目先と13項目先と21項目先に書いてある項目を混ぜた結果が僕の人生だ」とか、、。裏付けもなければ、役にも立たないから「占い」なわけですが、ともかくそういうことを何年もやっていた。

 たまたま上手い脈絡がついたりすると、何か奇跡がおこったように浮かれてみたり。やはり、何かピックアップ、リストアップの魔力に取り憑かれていたのでしょう。「占い」以外にも様々なバリエーションでリストアップやピックアップの遊びをしました。

 もちろんこれは「牛乳瓶の底のようなメガネ」を想起させる、若者がするには余りに〈ださい〉暇つぶしだったので、当時はもちろん、今まで誰にも言っていませんでした。この原稿が〈カミングアウト〉。

 なぜ、今さら〈カミングアウト〉する気になったか。それは目や耳を使ってのピックアップや手製のリストアップが急に〈かっけー〉ことに思えてきたから。

リストアップの復権?

 日本人が、リストや表(チェックシート含む)を目にする量は、インターネットが一般化した1995年以降ではないでしょうか(こういうことには統計がない)。横組み組版はリストや表に向いているし、紙媒体でもDTP化が進んで図表をページに配置するコストが格段に下がったから。そして何より、ものを書くことに慣れてない人がwebを通じて大量に参入してきて、そういう人たちにとっては、文章を書くより、リストや箇条書きの方がものしやすかったから。

 はじめのうちは、「リストのほうがわかりやすいや」「ランキングはおもしろいなぁ」ということで喜んでいたのですが、最近はインフレ気味です。到底、人力では把握したり整理したりできないよう量の情報が溢れているから、マシンの力を借りて、検索ランキングとか、検索ランキングとか、検索ランキングとか、アクセスランキングとかアクセスランキングとか人気投票とか、、、、。あ、全部同じか。
 雑誌や新聞、テレビ、ラジオといった旧メディアまでこの根拠でリストをつくるありさまです。

 ですから、どれをみても強いもの順、目立つもの順、欲しいもの順です。それをつまらなく感じるのは上記のとおり。そんなリストから吸収できることも知れています。「あぁ、次は何買おうかなぁ」です。

ピックアップとリストアップ=編集

 というわけで、マシンに頼らない手製のピックアップは「ものを理解しようとする心」の復権です。〈かっけー(カッコイイ)〉行為です。

 ウェブ上でも「まとめサイト」の類は、検索技術を借りつつ、こうした人力の復権です。しかし本家は旧来のメディアです。とくに書籍・雑誌。ピックアップとリストアップ、つまり整列と配置とは編集そのものではないですか。

 そう考えてくると『新解さんの謎』(文藝春秋)が、赤瀬川原平さんという編集の香りたっぷりの人によって著され、その企画者であり続編の著者である夏石鈴子さんが編集者のち作家だということも当然であります。ぜひ、そういう視点でこの本をもう一度読み直してみよう。

手でやったほうが立派

 また、古巣の話になって恐縮ですが、今年も『現代用語の基礎知識』が発売されました。予想通り、政治、生物学、広告、福祉、俗語、、、、あらゆるジャンルにわたる全編で、震災・復興・エネルギー等の用語が並んでいます。気になったからピックアップしてみたら650(重複除く)ほどあった。並べてみただけで、何か全体像を把握した気がして安心感すら抱いてしまう。

 この600余という数は、何とも微妙で検索結果の600位、人気投票の600位というのはどんな素材でやっても、イカしたものにはならない。まさに「編集の価値」そうここにも手製リストアップの復権があるのだ。用語事典については「wikipediaとgoogleのあるなか、今さらなぁ」と思っていたところが、相当見直した。これもしっかり読み直してみよう。

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