ホーム >連載 修理屋の本棚 第3回:「人民の中へ !」の冊子の製本 (2)




ナロードニキ文書の冊子は、私が、モノとしての西洋の本、そして製本とはなにかを考える際の原点になっている、ということをお話したいのだが---。これがコトバだけだと難しいのですね。どうすればいいんだろ。
そうだッ、能書きはやめて、製本しましょ、ねッ。そのほうがよく解る。Sさんに倣って一括(いちかつ)の冊子を作ってみましょう。難しくはありません。ご承知のようにSさんは酒場の紙ナプキンを折って作りました。おお、ならば今夜、近所の飲み屋にでかけねば。いやいや、ご家庭でできます。ま、どうしてもでかけたい、そのほうが上手にできるような気がする、という方はあえて止めませんが。ご用意いただく材料は紙一枚。そうですね、A4版のコピー用紙が作りやすいでしょう。道具はハサミ、あるいはカッター。それと鉛筆などの筆記具を。
コピー用紙の短辺を上下にして置いたら、これを真ん中で天地に折る。そのまま、今度は左右に折る。もう一度、天地に折る。これで一括の冊子の本体ができる。慧眼なる読者の中には、この折ってあるところをカットすれば冊子になるよね、と気づかれた方がおられるでしょうが、ちょっとお待ちください。いま折ったのを再度開いて、元のペラの紙に戻してください。折り筋の付いた紙が目の前にある。紙は折り筋で8つに仕切られている。この仕切られたそれそれぞれに、以下のように数字を書いていただきたい(画像1)。仕切りの中の書く位置も、できれば見習ってください。そうしたら今度は紙を左右にひっくり返して(天地じゃないところがポイント)、裏にも以下のように数字を書き込む(画像2)。できましたか? はいッ、では再び、最初にしたように、これを折る。すでに谷と山の折り癖がついていますから折順は間違わないはずですが、ここも肝心なところです。次はお待ちかねの折山のカット。4つの辺のうち、折山ひとつでできている辺があります。一括の冊子の背になります。これはカットせずにそのまま。天と、背と反対側の辺の折山をカットする。地はすでに開いていますので必要ありません。こうして一括の冊子の本体ができました(画像3)。ページをめくってみる。さきほど記した数字が順番に、1〜16まで並んでいたらメデタシ、メデタシ!
画像1
画像2
画像3
わかったけど、できたけど、それなりにオモシロイけど、で、なんなの? えーッと、これからが本番というか本論です。さきほど、ペラに戻した紙の上に数字を書き込みましたよね。書いた時点では、その数字の並びは不規則でした。でも、再び折りあげてカットして冊子になったら、数字は1〜16へと順番に並んでいる。まだ背で閉じていませんから、4枚のペラを束ねて二つ折したものとも見ることができる。その4枚のペラを見開いて並べてみる。どう並べてもページは順番にならない、あったりまえジャン、と言うなかれ。これが西洋の冊子本の、モノとしての原型です。そして東洋の冊子本とは決定的に違う。
いわゆる和本や漢籍というのは、全てがではありませんが、その圧倒的な多くが、紙のオモテだけに書いたり印刷して、これを折って(袋といいます)、順番に束ねて、袋を前側にし、背の端を綴じて完成です。綴じ糸を切って、それぞれのページ、というよりも、この場合は丁(ちょう)ですが、これを並べてみる。テキストが書写されているとすると、テキストは、丁の並びどおりに、あちらこちらと飛ばずに、連続して読むことができる。しかし、いま作った西洋の冊子はどうか。ページ、というよりも、この場合は葉(よう = leaf)ですが、紙のオモテとウラに書写された葉(正確には連結した二つの葉)をどう並べてみても、テキストはあちらのページ、こちらのページへと飛んでいってしまい、連続して読むことが難しい。かくのごとく東西の冊子の構造は違う。東洋の冊子の構造は平面、西洋の冊子のそれは立体です。このような構造を持つ西洋の冊子の一括(single-quire)は、やがて多括(multi-quires)へと進化するのですが、これは現存最古の分厚い一括のパピルス冊子のことを話す時にでも、やや詳しく。
さて、製本教室はこれで終わりではなく、いよいよ佳境に入ります。綴じ、bindingですね。これをやらなければ本は本にならない。ロシアの民衆の窮状を救うためにナロードニキたちは反政府的なプロパガンダを、あるときはチラシに、ある時は冊子にして、行った。チラシは比較的短いテキストを載せたものだからペラで良い。だが、そもそも我がロシア帝国の現状は、はたまた人民の暮らしは、であるからして、立て飢えたる者よ、うんたらかんたらと、思いのありったけを述べるのならば、思いの丈分の媒体が必要だ。ペラではなく、葉で成る冊子である。そして、その時に、思いの丈を思い通りに、順々と説くために、ヒトはバラバラの葉を順々に結ぶ、これがbinding、製本である。一枚の大きなペラの紙の上に、テキストの順番が狂わないように、それぞれのページに面付けされ印刷されたプロパガンダ文書は、折られ、綴じられ、秘密裏に撒かれた。
ほの暗い酒場の紙ナプキンでSさんが作ったナロードニキ文書のモデルは16ページ、8葉からなる一括の冊子である。いや、より正確にいうと、一括の冊子の本体である。これを見開き、私は谷折りの箇所に、綴じ紐のかたちを書き添えた。綴じあがった。「こういう風だったよね?」 するとSさん、「そうじゃなくてこうでした」と、さらに書き添えた。紐は一回ではなく、二回結びだったのである。それも糸ではなくて紐だから、一括の綴じとしては大きなコブができてしまう。稚拙であり、過剰だ。「一回結びだと本体がすぐにバラけてしまうとでも思ったんですかね」と、Sさん。ふむ。 あっ、いや、ナロードニキ運動は稚拙で過剰な若者たちの反乱だったのだから、これでいいような気がしますよ。


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